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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)938号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

山﨑敏彦

被告

大和証券株式会社

右代表者代表取締役

同前雅弘

被告

中尾末喜

右被告ら訴訟代理人弁護士

堀弘二

浦野正幸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告に対し、三七七万一五八四円及びこれに対する平成二年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告会社の会社ぐるみの若しくは被告会社の従業員の違法な勧誘により外貨建てワラントを購入させられ、その結果損害を被ったとして、主位的には不法行為(民法七〇九条又は同法七一五条)、予備的には債務不履行を理由に、被告会社及び被告会社の従業員に対し、右損害の賠償を請求した事案である。

一前提事実(争いのある事実については、末尾に認定に供した証拠を摘示する。)

1  当事者

(一) 原告は、肩書住所地において妻の甲野春子(以下「春子」という。)と息子夫婦との四人で酒類小売業を営むものであり、春子を代理人として昭和四七年頃から被告大和証券株式会社(以下「被告会社」という。)で証券取引を行っていた(〈書証番号略〉)。

(二) 被告会社は、株式等有価証券取引の取次等を目的とする会社である。

被告中尾末喜(以下「被告中尾」という。)は、被告会社の従業員であり、昭和六三年七月頃から平成三年二月八日までの間、証券外務員として原告の証券取引を担当していた。それ以降は、被告会社の従業員である南郷克明(以下「南郷」という。)が、原告の証券取引を担当していた。

2  新株引受権証券(ワラント)

ワラント(新株引受権証券)とは、発行された分離型新株引受権権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権部分、すなわち、あらかじめ定められた一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(権利行使株数)の新株を引き受ける(買い受ける)ことができる権利(新株引受権)を証券化したものである。

3  ワラント取引

(一) 春子は原告を代理して、平成元年三月一日、被告中尾の勧誘を受けて、被告会社から三菱金属第三回ワラント(外貨建て、行使価格八七九円八〇銭、行使期間平成四年七月二八日)を代金二一六万一五五〇円で買付け、同月二九日に代金二四九万八八三八円で売却し、差引三〇数万円の利益を得た(〈書証番号略〉、弁論の全趣旨)。

(二) 春子は原告を代理して、平成二年一二月二〇日、被告中尾の勧誘を受けて、被告会社から、東急百貨店第四回ワラント(外貨建て、行使価格一五一七円、行使期限平成六年一二月一三日、以下「本件ワラント」という。)単価二四ポイントで一二万五〇〇〇ドル購入し、同月二七日に本件ワラントの買付代金四〇三万三五〇〇円を支払った。

4  本件ワラント取引による損失

しかし、その後本件ワラントは値下がりし、平成三年一一月一一日、原告は、被告に対し本件ワラントを六〇万一九一六円で売却した。

その結果、原告は、本件ワラントの買付代金からの差引三四三万一五八四円の損失を被った。

二争点

1  被告会社(会社ぐるみ)又は被告中尾(被告会社従業員)が、原告(代理人春子)に対して本件ワラントの買付を勧誘するに際し、以下のような違法行為をなしたことにより、原告に対する被告らの不法行為又は被告会社の債務不履行が成立するか

(一) 原告の主張

(1) ワラントを勧誘すること自体の違法性

ワラント、特に外貨建てワラントは、一般投資家にとっては内容を把握しがたく、しかも極めてリスクの大きい商品であるうえに、店頭取引であるから価格決定過程が不透明であることなどからすると、ワラントの取引は、右取引システムに熟練し十分な投資資金を有し自ら十分な情報を収集しうる者、すなわち独自の立場で証券会社と対等に取り引きをなしうる能力を有するものが、勧誘によることなく自ら望んで購入する取引形態で行うべきものである。故に、証券会社及びその使用人は顧客に対して外貨建てワラントの購入を勧誘してはならないとの注意義務を負うというべきである。ましてや、隔絶した力関係と信頼を背景に一般投資家たる顧客に対して執拗な勧誘を行ったうえで外貨建てワラント取引に引き込むなどということは、社会通念上の相当性を逸脱する行為として重大な違法性を帯びるというべきである。

したがって、被告中尾が、一般投資家である原告ないし春子に、外貨建てワラントの勧誘をして購入させたこと自体が違法であるといえる。

(2) 適合性の原則違反

証券会社が顧客を勧誘して投資を行わせるに際しては、顧客の属性、資産状態、資金の性格、資産の目的や趣旨、投資経験の有無、内容等に照らして最も適合した投資勧誘を行うべきである(適合性の原則、昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」等)。

ワラントについては、その商品構造が複雑で危険性が高く周知性がない金融商品であることから、そもそも、プロの投資家が自発的に取引を行う場合にのみ適合性を有するものであって、一般投資家には適合しないというべきである。

本件においては、春子は、常々被告会社の担当従業員に対して、「安全なものを勧めてほしい。」と言っており、三菱金属第三回ワラントと本件ワラント以外は、ほとんど投資信託や転換社債、優良株等の手堅い取引を行ってきた。そして、春子は、証券取引について特別な知識を持たず、被告会社担当従業員から与えられる以外の特別な情報も持たなかった。また、本件ワラントの買付代金は四〇三万三五〇〇円であるところ、原告は、投資金額がゼロになってしまうような取引に四〇〇万円もの金を注げるような経済的余裕は全くなかった。

このような春子ないし原告に対して外貨建てワラントを勧誘することは、適合性の原則に反するというべきである。

(3) 説明義務違反

証券会社と一般投資家との証券取引についての知識、情報に質的な差があり、しかも、証券会社が顧客に対して危険性のある商品を提供することによって利益を得るという立場にあることからすると、証券会社が一般投資家に商品内容が複雑で高度の専門性を有する投資商品を勧誘する場合には、信義則上説明義務があることは明らかである。

しかも、ワラント取引は、ワラントという商品そのものについて周知性がなく、商品構造、取引形態が複雑で、リスクが非常に高く、これを投機対象として利益を上げるためには高度の専門的知識と情報が必要となるため、証券会社がワラントを一般投資家に勧誘する際にはより高度で厳格な説明義務が課せられるというべきである。

すなわち、平成三年七月二九日改正前の日本証券業協会の公正慣習規則第九号(協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則、以下単に「公正慣習規則第九号」という。)第五条において、「協会員は、顧客と新株引受権証券取引又は先物取引等にかかる契約を締結しようとするときは、あらかじめ、当該顧客に対し、本協会又は当該先物取引等を執行する証券取引所が作成する説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分に説明をするとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るため、当該顧客から新株引受権証券取引又は先物取引等に関する確認書を徴求するものとする。」と規定されているように、単に、顧客に説明書を交付して確認書に署名捺印を受けたということでは足りず、ワラント取引開始前にあらかじめワラント取引についての説明書を交付したうえで、ワラント取引の仕組みについて説明し、更にワラント取引にいかなる危険が伴うのかについて顧客が理解し納得する程度まで説明をする義務があるというべきである。

そして、ワラントは、その商品構造が複雑で危険性が高く周知性がない金融商品であることから、説明義務の内容は、その商品の構造、取引の仕組み、価格に関する情報、危険性の程度及び内容等全般に及ぶ必要があるというべきである。

しかし、被告中尾は、春子に三菱金属第三回ワラントの買付の勧誘をした際も、本件ワラントの買付の勧誘をした際も、ワラントの商品の構造、取引の仕組み、価格に関する情報、危険性の程度及び内容等の説明をしなかった。

(4) 被告中尾の勧誘に際しての証券取引法違反

① 断定的判断の提供

被告中尾は、春子に本件ワラントの買付を勧誘するに際し、「少しのお金で儲かりますよ。お客様に喜んで頂けますから。僕がちゃんとしますから。」と言って、儲かるとの断定的判断の提供をした。これは、証券取引法第五〇条一項一号に違反する。

② 虚偽表示・誤導表示

被告中尾は、ワラントが極めてハイリスクな投資商品で、権利行使期間が過ぎると紙屑になることを知りながら、春子に本件ワラントの買付を勧誘するに際し、「償還の期限がある。喜んでもらえますから。」と客観的事実に反する事実を述べた。これは、証券取引法五〇条一項五号、平成三年大蔵省令第五五号による改正前の証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号、以下単に「証券会社の健全性の準則等に関する省令」という。)一条一号に違反する。

(5) 詐欺

被告中尾は、春子に本件ワラントの買付を勧誘するに際し、ワラントの危険性を隠し、あたかも株式を少し上回る程度の危険性しかないと誤信させ、また、ワラント購入後に適切かつ迅速な価格の報告等のアドバイスを行う態勢も意思もないのに、それを行うかのように告げ、右アドバイスにより、確実に利益が出るものであるかのように誤信させ、本件ワラントを購入させた。

(二) 被告の主張

(1) ワラントを勧誘すること自体の違法性について

ワラントは、投資金額が少額で足りる、リスクが投資金額に限定されているなどの特質があるため、株式の信用取引に比べより少ない資金とリスクでそれと同等の投資効率が期待することができ、そのため、ハイリターンを求める個人投資家には魅力ある商品ということができるのであって、原告の主張するように、一律にワラントを一般投資家に勧誘すること自体が違法であるとは到底いえない。

(2) 適合性の原則違反について

原告は、昭和四七年三月二八日、被告会社北浜支店に口座を設定して証券取引を始め、同五〇年七月三一日には外国証券取引の口座も設定した。

また、春子は、昭和五五年九月一六日同支店に口座を設定し、以後、原告口座と並行して証券取引を行った。

これらの口座は、いずれも、設定当初から春子が管理し、原告口座での取引についても、春子が代理人として意思表示をしてきた。なお、原告の家族名義の口座としては、右二口座以外にも、娘名義の口座が三口座あるが、これらも春子が窓口となって運用していた。

このように原告ら夫婦は、二〇年以上も前から被告会社北浜支店で有価証券取引を継続し、特に昭和五五年以降は夫婦で二口座を開設して、株式や転換社債、投資信託等の売買を繰り返していたのであって、かかる投資期間の長さ、投資内容等に照らせば、原告ら夫婦は、株式ないしその派生商品であるワラント投資に当たって、自らその投資態度を決定するに十分な知識や経験を有していたといえる。

また、平成元年五月一日新設の被告会社における外貨建てワラント取引顧客の資力基準では、預り資産額が一〇〇〇万円以上と定められていたが、本件ワラント買付当時の原告の被告会社での預り資産額は、家族名義の五口座全体で三〇〇〇万円強、原告夫婦二口座だけでも二〇〇〇万円前後であってその基準を充たしていただけでなく、それ以外にも原告には郵便貯金等の金融資産もあったことなどからすると、買付金額が四〇〇万円程度の規模である本件ワラント取引について原告ないし春子が適合性を欠いていたとは到底いえない。

(3) 説明義務違反について

ワラント取引について証券会社ないしその使用人から一般投資家に対し、その商品の内容、性格などについて説明すべき法的義務があるとの主張については争う。

仮に、説明義務があるとしても、その内容、程度等は、個々の投資家の投資経験や投資目的、証券投資に関する知識や判断能力などに応じて異なる個別的、相対的なものであり、決して一般的絶対的なものではありえない。したがって、説明すべき事項の内容、範囲、程度等は、個々の顧客ごとに、かつ、個々の約定ごとに個別的具体的に判断されるべきものである。

また、原告は、右説明がワラントの性質及び取引システム全体に及ばなければならない旨主張し、それによると、あたかも外貨建てワラント取引に当たっては、その取引に関するほとんど全ての情報を説明する義務が証券会社にあり、投資家は証券会社からこれらの情報が与えられるのを待っているだけで足りるかのようである。しかしながら、証券取引は本来的に危険を伴う経済活動であり、それゆえ、投資家には、自身において当該証券取引の危険性を判断し自らの責任で投資態度を決定する旨の「自己責任の原則」が要請されていることなどに照らせば、ワラント取引においても、投資家は、自己の責任で右取引の危険性について検討、判断をすべきであるから、その判断に必要な情報についても、仮に証券会社から提供されたものだけでは不十分であると考えるのであれば、自ら、証券会社に資料を請求するなどその情報を入手するための方法を講じるべきである。

従って、ワラント取引に当たって、証券会社としては、投資家が右取引への投資態度を決定するに際し、ワラントがハイリスク・ハイリターンの性格を有する証券であることについて投資家の注意を促す程度の説明をすれば足りるものというべきである。

本件については、被告中尾は、本件ワラントの買付に先立つ三菱金属第三回ワラントの買付勧誘時に、春子に対し、転換社債と比較しながら、ワラントは値動きが激しく、価格変化率が株式の三倍位あるので、値上がりした時の利益は大きいが、値下がりしたときの損失も大きいこと(いわゆる「ハイリスク・ハイリターン」であること)、その商品の性格上、新株を取得するときには新たな投資資金が必要で、また、行使期間を経過すると価値がなくなること、外貨建てワラントの場合には為替の影響があることなどを詳しく説明し、そして、本件ワラントの買付を勧誘した際には、右説明に加え、本件ワラントの行使期間や行使価格、一般的な株式市場の同動向や東急百貨店の株価見通しなども説明しており、右説明の内容、程度は、原告らの投資経験、長期間の投資行為によって当然習得したと認められる証券投資に関する知識、原告らが自ら事業を経営し経済活動に従事していることなどの事情に照らせば、十分な説明であったといえ、被告中尾に何ら説明義務違反はない。

(4) 証券取引法違反について

① 断定的判断の提供について

断定的判断の提供による勧誘行為は、投資家が当該証券取引に伴う危険性について正しい認識を形成することの妨げになるとして禁止されているのであるから、投資勧誘における証券会社の使用人の言動が断定的判断の提供に該当するかどうかは、一連の勧誘行為全体の流れの中において、当該言動がどのような意味を持っていたかを評価し、それが、投資家が当該証券取引に伴う危険性について正しい認識を形成することの妨げになったかどうかを慎重に検討したうえで決すべきであって、単に使用された言動、表現内容のみによって決すべきではない。

本件の場合、もとより、被告中尾は春子に対し本件ワラントを勧誘する際原告主張のような発言をしたわけではないが、仮に原告主張の言動があったとしても、被告中尾は、前述したように原告らが投資判断をするに当たって必要な客観的情報を具体的に提示しているので、被告中尾の言うところがその個人的予測や見通しにすぎず本件ワラントの価格が騰貴することについての断定的判断を提供するものではないことは春子においても十分に認識しえたのであるから、原告の断定的判断の提供についての主張は失当である。

② 虚偽表示・誤導表示について

被告中尾は、単にワラントには行使期間があると述べたに過ぎず、転換社債のような元本返還のための期限(償還期限)があるとは述べていないのであるから、原告の虚偽表示・誤導表示についての主張は失当である。

(5) 詐欺行為について

被告中尾は原告主張のような勧誘行為を行っていないのであるから、原告の被告中尾が本件ワラント買付の勧誘をしたことが詐欺行為に当たる旨の主張は失当である。

2  本件ワラント購入後に被告会社の原告に対する債務不履行があったか

(一) 原告の主張

被告中尾は、春子に対し、本件ワラントの買付を勧誘するに際し、同被告が本件ワラントの値動きや売却の時期に関する情報を同女に提供する旨述べた。ワラントを購入した者がワラントの値動きを知ることはワラント売却のための最低条件であって、本件ワラントの値動きや売却の時期に関する情報の提供は被告会社の原告ないし春子に対する債務の内容となっていた。

しかし、被告中尾に代わって原告らの取引担当となった南郷は、「ワラント価格が株価に連動するから、株価の推移をみていれば、ワラントの価格の推移も予想できる。」などと誤った情報を春子に述べ、また、平成三年六月中旬から同年八月末まで本件ワラントの価格の報告を一切しなかった。この間本件ワラントは、六月二一日の9.13ポイントから八月二八日の2.63ポイントまで変動している。このように、本件ワラントの時価が大幅に減少する傾向があった時に、担当者が一か月以上顧客に価格を報告できない状態にあったのに、そのまま放置していたのであるから、これが債務不履行に当たることは明らかである。

(二) 被告の主張

本件ワラントの値動きや売却の時期に関する情報の提供が被告会社の原告ないし春子に対する債務の内容となっていた旨の主張は争う。証券投資はもともと危険を伴う取引行為であり、投資家は自己の判断と責任において投資判断をすべきである。したがって、保有証券の値動きや売却時期等に関する情報も、投資家が自ら収集、調査すべきであって、証券会社がこれを提供する義務はない。日常行われている証券会社による投資家への情報の提供は、右のような投資家自身による情報収集に協力することによって、顧客である投資家に対する営業活動を円滑にしたいとの目的のもとになされるサービスであり、この点はワラントの値動きや売却時期等に関する情報においても同様である。

第三判断

一認定事実

1  原・被告会社間の従前の取引状況

証拠(各項末尾に掲記する。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和四七年三月二八日、被告会社北浜支店に口座を設定して証券取引を始め、同五〇年七月三一日には外国証券取引の口座も設定した。

また、春子は、昭和五五年九月一六日同支店に口座を設定し、以後、原告口座と並行して証券取引を行った。

これらの口座は、いずれも、設定当初から春子が管理し、原告口座での取引についても、春子が代理人として意思表示をしてきた(〈書証番号略〉、証人春子、同中尾)。

(二) 原告及び春子は、昭和六〇年頃までは、主に優良企業の株式を中心に株式の現物取引(なお、原告及び春子は信用取引は一切行ったことがない。)も行っていたが、昭和六〇年以降は、ほとんど株式の売却は行わず、もっぱら投資信託を中心に取引をしていた。

春子は、短期間に多額の利益を獲得することを目的に頻繁に売買を重ねるということもなく、投資をするに当たっては、常々、被告会社の担当従業員に対して「安全なもの」にしてくれるように指示をしていた。また、春子は、自ら積極的に株の情報が載っている本などで株式等の投資情報を収集して、銘柄を指定することは余りなく、主に、被告会社の担当従業員から勧められた商品の中から、被告会社の担当従業員からの情報を根拠にして購入を決めていた。

しかし、春子は、被告会社の担当従業員の言われるままに購入や売却を決定していたというわけではなく、例えば、証券会社の担当従業員から商品の買い換えを勧められた場合は、まず、担当従業員に売却する予定の商品が利益が出ているかどうかを確かめ、利益が出ていない場合には、買い換えを断るようにしたり、証券会社の担当従業員から今まで購入した経験のない商品を勧められた場合は、まず、商品の内容等について聞いたうえで、その商品が「安全なもの」かどうかを確認してから、購入を決めたりしていた。

また、春子は、一週間に一、二回は原告及び春子が保有している株式等の価格を新聞で見るようにしていた(〈書証番号略〉、証人春子、被告中尾本人)。

(三) このような投資態度は、被告中尾が原告及び春子の担当になった昭和六三年七月以降も、特に変わることはなく、取引対象は、社債等の債権や投資信託が主であり、被告中尾が担当していた間、春子自らが銘柄を指定して取引をしたのは、二、三回のみで、後は、もっぱら、被告中尾が勧めたものの中から購入を決めていたし、春子は、常々被告中尾に対して「安全なもの」にしてほしいと指示をしてきた(右に同じ)。

2  ワラントの特質

証拠(〈書証番号略〉)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ワラントは、一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定の数量の新株を引き受けることができる権利である。従って、権利行使期間を経過するとその価値を失うものであるから、ワラントを買付けた場合は、所定の権利行使期間内にワラントをそのまま売却するか、新株引受権を行使して当該ワラント債発行会社の株式を買い取るか(この場合は、別途、新株式の買付代金の払込が必要となる。)を選択しなければならないことになる。

ワラントは、このように新株引受権を表象するものであるから、ワラント債発行会社の株価が権利行使価格を上回っている場合であれば、ワラントへの投資者は権利を行使することにより一般市場で株式を取得するより有利に新株を取得する機会を得るが、株価が権利行使価格を下回っている場合であれば、投資者は新株引受権の行使をする経済的な意味を失うことになる。従って、ワラントの価格(通常ポイント数で表示される。)は、理論的には、新株引受権を行使して得られる利益相当額、即ち、当該ワラント債発行会社の株価から権利行使価格を差し引いた額によって規定される(ワラントの理論価格で、パリティーという。)が、現実の市場では、将来における株価の上昇を期待して、右の額にプレミアム(将来における株価上昇の期待値)が付加された価格で取引をされている(また、外貨建てワラントの場合は、更に為替相場の影響を受ける。)。

このようなワラントの性質からして、一般的にワラントの価格は当該ワラント債発行会社の株価の上下に伴ってその数倍の幅で上下する傾向がある(ギヤリング効果)ため、少額の資金で株式を売買した場合と同等以上の投資効果をあげることも可能であるが、その反面値下がりも激しく、場合によっては投資資金の全額を失うこともある(しかし、投資者の損失は投資額に限定され、株式の信用取引や商品先物取引のように投資資金以上の損失を被ることはない。)。

以上のように、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べると、より多額の利益を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性をあわせもつ点で、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品である。

3  本件ワラント取引の経緯

証拠(各項末尾に掲記する。)によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 三菱金属第三回ワラントの取引状況等

平成元年三月一日、被告中尾は、春子に対し電話で株式会社三菱金属第三回ワラントの買付を勧めた。

当時、株価は、日経平均株価が三万二〇〇〇円台まで上昇し、さらに値上がり傾向を示すなど、好調に推移していた。

被告中尾は、春子に対し、まず、株式会社三菱金属の株価が、当時の会社の業績や含み資産等からさらに値上がりが期待できる旨の説明をした後で、株式よりも有利な商品として同社の第三回ワラントの買付を勧めた。

それに対し、春子は、ワラントというのは怖いものでないのか、と尋ねたので、被告中尾は、ワラントの商品内容について従前春子が投資をした経験のある転換社債と比較しながら次のような説明をした。

即ち、被告中尾は、春子に対し、転換社債は、一〇〇円で発行された債権が、株価の値上がり期待によって一一〇円になったり、一二〇円になったりするところ、ワラントは、その転換社債の値上がり分である一〇円や二〇円という部分を債権から切り離して売買するようなものであり、その場合、一一〇円が一二〇円になるよりも、一〇円が二〇円になる方が価格の変化率が大きいのと同様、ワラントについても値動きが非常に大きく、当時株式の三倍くらいの値動きを示している、転換社債とワラントはどちらも新株を請求できる権利を含んでいることは同じだが、新株を取得する場合、転換社債は額面金額の範囲内で転換できるのに対し、ワラントは新株を引き受ける権利の部分だけなので、新たな投資資金が必要である、転換社債は、期限が来れば、それまで一一〇円や一二〇円で売買されていたものであっても、一〇〇円の割合で償還され、プレミアムの部分である一〇円や二〇円の部分は消滅するところ、ワラントはプレミアムの部分だけの売買であるから、行使期限が来れば価値がなくなる、ワラントでは新株を取得するときに投資すべき行使価格があらかじめ決まっているところ、三菱金属第三回ワラントの場合は、株価が行使価格を上回っていること、右ワラントはドル建てのワラントなので為替の影響を受けるなどを説明した。

これに対し、春子は、プレミアムの部分のみ切り離して売買するというのはどういうことかなどと質問をしたが、行使期限を経過すると価値がなくなるとの点は、被告中尾が右ワラントの場合は株価の値上がり期待が大きいので割りと早く売り抜けられると思うと述べたため、余り気にかけた様子はなかった。

その結果、春子は、原告を代理して、同日、被告会社から三菱金属第三回ワラントを単価三四ポイントで五万ドル(買付代金二一六万一五五〇円)買付けた。

右ワラントの買付の際には、公正慣習規則等で、証券会社に対し、外貨建てワラントを販売するときに、あらかじめ顧客にワラントの商品内容や取引に伴う危険性等を説明した説明書を交付して確認書を徴求することが要請されていなかったため、被告会社は、右説明書を春子に交付することも、確認書を春子から徴求することもしなかった。

しかしながら、被告会社は、右ワラント買付約定後直ちに、右買付に関する取引・応募報告書を原告宛に送付した。これには、当該ワラントの銘柄名や数量、単価、払込金額などとともに、取引対象が外貨建てワラントであること(ただし、ワラントである旨は、WRと記載があるだけである。)、取引態様が国内店頭取引であること、数量単位がUSドルであること、その円決済の換算レートなどが記載されていた。また、被告会社は、同月一三日に、右ワラントの預り証を発行し、翌一四日に原告宛に郵送した。これには、転換社債の時には、必ず記載のある「決算日又は利払日」「利率」「償還年月日」欄に記載がなく、かわりに「権利行使最終日」が記載されていた。

そして、予想どおり三菱金属第三回ワラントの価格が値上がりしたので、同月二九日、被告中尾は、電話で、春子に対し、右ワラントが値上がりして、買付から一か月足らずで三〇数万円の価格上昇となっていることを知らせたうえで、右ワラントの売却を勧めるとともに、右売却代金で当時被告会社で募集中であったステップ(投資信託)を購入することを勧めた。これに対し、春子は、右ワラントの売却については、短期間で三〇数万円の利益が出たことを喜んで承諾し、同日、右ワラントを単価三八ポイントで五万ドル(売却代金二四九万八八三八円)被告会社に売却し、その結果、三三万七二八八円の利益を得たが、売却代金の使途については、被告中尾の勧誘を断り、京阪電鉄株式を二〇〇〇株買付けた。

右銘柄は、被告中尾が勧めたものではなく、春子自身が、花博が開催されることなどから値上がりするのではないかと考えて、指定したものであった(〈書証番号略〉、証人春子の一部、被告中尾本人及び弁論の全趣旨)。

(二) 本件ワラントの買付までの状況

平成元年四月以降も、日経平均株価は上昇し続け、平成元年一二月には三万八〇〇〇円台まで値上がりした。

しかし、平成二年になると、株式相場はそれまでの一本調子の値上がり基調ではなくなり、日経平均株価は、同年四月にかけて二万八〇〇〇円台まで下がった後、同年六月には三万三〇〇〇円台まで回復した。そして、同年七月中旬までは、三万一〇〇〇円台から三万三〇〇〇円台の間であったが、イラクのクウェートへの侵攻が問題となってからは、暴落を続け、同年一〇月初めには二万円台まで下がっていた。

その後、一時、二万五〇〇〇円台まで回復したが、長続きせず、平成二年末まで、二万一〇〇〇円台から二万五〇〇〇円台の間を上下していた。

このように、平成元年三月から翌二年一二月にかけ、株式相場は大きく揺れ動き相場の先行きは不透明な状態が続いた。

この間、被告中尾は、春子に対し、二、三の銘柄のワラントの買付を勧誘したが、同女はこれを断り、原告を代理して、株式投資信託(ステップ、株式P―八九―四株分配)や外国株(ITT、フィリップモリス)、外国株の投資信託(アメリカン・ステップ)を、また自らも、投資信託(ベストM八九―三債無配、ステップ)、転換社債(関西電力、安田海上火災)、外国株の投資信託(アメリカン・ステップ)などを購入した。

他方、ワラント取引については、平成元年四月一九日、日本証券業協会の理事会決議によって、証券会社に対し、外貨建てワラントの取引に当たって、あらかじめ取引説明書を交付して確認書を徴求することなどが要請されることになった。

これを受けて、被告会社では、平成元年一〇月以降、毎年一回、ワラントを購入した顧客に一斉にワラントの取引説明書を送付することとし、原告に対しても、同年一〇月下旬頃、外貨建てワラントの取引説明書(〈書証番号略〉)を送付した。右説明書には、ワラントのリスクやワラント売買の仕組みなどがわかりやすく説明されていたが、春子は、当時既に三菱金属ワラントを売却していたため、右取引説明書について余り関心を示さなかった。

また、前記理事会決議によって、各証券会社は、外貨建てワラントの取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客との間で取引を行うよう要請されることになったため、これを受けて、被告会社は、平成元年五月一日、顧客管理規定に、外貨建てワラントの取引を行う顧客の資力基準として預り資産額が一〇〇〇万円以上という規定を設けた。

なお、日本証券業協会では、外貨建てワラントについて理事会決議で決めた制度を、国内ワラントをも含めたワラント一般についての制度として公正慣習規則第九号に取り入れることとし、平成二年四月一日から、これを実施した。そこで、被告会社では、右期日以降は、従前の取引説明書に変えて、国内ワラントと外貨建てワラントの各取引説明書が合本された説明書(〈書証番号略〉)を使用することにした。

また、平成二年一一月二一日には、クラレが発行したワラントの行使期限を迎えたが、前述したような株式相場の状況を反映して右ワラントの権利行使がほとんど行われず、経済的に全く価値のない状態となったことから、その頃、ワラントが「紙くず」となる事態が今後発生する可能性が増えることを指摘した新聞記事(〈書証番号略〉)が掲載された(〈書証番号略〉、被告中尾本人)。

(三) 本件ワラントの買付状況等

被告中尾は、平成二年一二月二〇日、電話で、春子に対し本件ワラントの買付を勧めた(なお、当時の原告らの被告会社での預り資産額は、原告口座で約二〇〇〇万円、春子の口座で約八〇〇万円であり、それ以外にも郵便貯金等の資産があった。なお、右各預り資産額は、それ以前からほぼ同じ程度の金額であった。)が、同女は、当時株価が下がっていることなどを理由にしてこれに難色を示した。

そこで、被告中尾は、ワラントの商品内容について三菱金属第三回ワラントの買付の勧誘の時と大体同じような説明を改めてするとともに、本件ワラントについては、発行後間がなく行使期間(平成六年一二月一三日)までまだ十分期間があるので、この一年間株価が値下がりを続けてそろそろ上がる時期がきてもよい頃であり、かつ、東急百貨店は業績が良く今後株価上昇が期待されることから、右行使期間までに利益を得て売却できる可能性が高いと思われると告げて本件ワラントの買付を勧めた。

その結果、春子は、被告中尾に対し、原告を代理して、被告会社から、本件ワラントを単価二四ポイントで一二万五〇〇〇ドル(買付代金四〇三万三五〇〇円)買付ける旨の注文をし、同日被告会社はこれを執行した。

その際、春子が、被告中尾に、本件ワラントの価格についてどうやって調べたらよいのかを尋ねたため、被告中尾は、当時、一部の銘柄については、日本経済新聞等で店頭気配が毎日発表されていたが、ワラントの価格について未だ新聞等には掲載されていないと誤解していたため、「価格は新聞には載っておりません。こちらの方からご案内します。もし、どうしても必要であれば電話を下さい。」と答えた。

また、その際、被告中尾は、春子に対し、ワラント取引をするに当たり、所定の書類の授受が必要であることを告げ、翌二一日、被告中尾は、原告方を訪れて、春子に対し、「昨日電話でお話した内容が書いてありますので、時間があったら読んでおいて下さい。」と言って、国内ワラントと外貨建てワラントの各説明書が合本されたもの(〈書証番号略〉)を交付し、同時に投資者自身の判断と責任において取引を行う旨記載された国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(〈書証番号略〉)に春子から原告の署名押印を受けた。

本件ワラントの買付約定後、被告会社は、直ちに、右買付に関する取引・応募報告書を原告宛に送付するとともに、同年一二月二七日本件ワラントの預り証を発行し、そのころ原告宛に郵送した。右預り証には、「権利行使最終日一九九四年一二月一三日(以降無効)」と記載されていた。また、本件ワラントの買付資金には、原告及び春子が各自保有していた投資信託(ベストM八九―三債無配)を売却した代金と原告が保有していたフィリップモリスの株式の配当金が充てられた。なお、春子口座の右投資信託の売却代金は同年一二月二七日にいったん現金で出金され、その売却代金の一部が原告口座に入金されている(〈書証番号略〉、証人春子の一部、被告中尾本人)。

(四) その後の状況

(1) 本件ワラントは、ロンドンの業者間市場では、同ワラント債の発行年月日である平成二年一二月二一日よりも早い同月一四日(現地時間)から取引が開始され、当初は値上がりをしていたが、同月二〇日(現地時間)以降、値下がりを始めた。国内でも、同年一二月二五日から、日本相互証券株式会社を通じた業者間市場での取引が始まったが、ロンドン市場と同様徐々に値を下げ、平成三年一月九日には一六ポイント台となり、同月末頃までその水準でもみ合った。

しかし、同年二月になると、次第に値上がりし、同月二二日には、25.37ポイントで売却できるところまで回復したが、その後再び値下がりに転じ、以降下落傾向を続けた(〈書証番号略〉)。

(2) 被告中尾は、春子に対し、原告が本件ワラントを買付けた後、同被告が転勤となり原告らの口座の担当を離れた平成三年一月末頃までの間に、一、二回、本件ワラントの単価を春子に電話で連絡した。しかし、いずれも買付当時の単価を下回っていたため売却せず様子をみることとなった。

また、被告中尾は、原告方に転勤の挨拶に赴いた際に、春子に対し本件ワラントの価格は数ポイント下がっているが、後任の者と相談してタイミングを見て売却するようにと助言した。

そうしたところ、平成三年二月から本件ワラントの価格は値上がりし、同月下旬には買付当時の単価にほぼ戻ったが、その頃、原告らの担当になった南郷が、春子に対し、電話で、「少し原価を割っているが、売却してはどうか。」と勧めた。しかし、春子は、本件ワラントの権利行使期間までにあと四年近くあるのに損をしてまで売却しなくてもよいと考えてこれに応じなかった。これに対し、南郷は、春子に対し、ワラントは権利行使期間を経過すると無価値になる旨を改めて説明し、ワラントの価格は、株価に連動して動くので株価の動きを見ながら本件ワラントの売却のタイミングを考えるようにと助言した。

その後、南郷が春子に対し、一、二回本件ワラントの価格について電話で連絡したが、値下がり状態が続いていたため、春子は本件ワラントを売却しなかった。

しかし、同年六月下旬頃、南郷が怪我をして入院したため、そのころから同年八月末まで、被告会社から原告ないし春子に対し本件ワラントの価格について一切報告がなされなかった。

この期間、本件ワラントの価格は、同年六月一八日頃は一〇ポイント台であったものが、同月下旬頃には一〇ポイントを割り、同年八月末には三ポイント台にまで値下がりをしていた。

南郷は、退院した後に、春子に対し、その当時の本件ワラントの売却代金総額が約八〇万円であることを知らせて本件ワラントの売却を促したところ、春子はこれを断った。

その後、春子は原告を代理して、同年一一月一一日、本件ワラントを六〇万一九一六円(単価3.75ポイント)で売却し、差引三四三万一五八四円の売買損を被った(〈書証番号略〉、証人春子、被告中尾本人)。

以上認定事実に関し、春子は、三菱金属第三回ワラントについては、そもそも本訴で被告会社から指摘を受けるまで買付けたこと自体を覚えていなかったものであり、被告中尾が右ワラントの買付を勧めた時のことは全く覚えていない、また、被告中尾が本件ワラントの買付を勧めた際に、ワラントの商品内容について、少しの金額で運用できること、値動きが激しいこと、期限があることについては説明があったが、それ以外には説明がなく、特に、ワラントが権利行使期間を過ぎると無価値になることについては、全く説明がなかった旨証言する。

しかし、一方で、春子は、被告中尾がワラントについていろいろ説明をし始めたがよく理解できなかった旨の、被告中尾がワラントの商品内容について右証言にかかる事項以外にも種々説明をしたことを窺わせる証言をしていること、前記認定の原告ないし春子の過去の投資経験、投資規模及び従来、春子が今まで購入したことがない商品を買い付ける場合は、被告会社の担当従業員にそれがどういう商品かについて説明を受けてから買付けていたこと、原告ないし春子は、本件ワラントを買付けた翌日、被告中尾からワラントの商品内容やリスク等についてわかりやすく説明した説明書の交付を受け、その内容に目を通す機会があったにもかかわらず、その後本件ワラントの買付代金の入金等がスムーズに行われたことなどからすると、被告中尾がワラントの商品内容について前記事項についての説明はあったがそれ以外の事項については全く説明がなかった旨の、春子の前記証言は採用することができない。

二争点1について

(一) 一般に、証券取引は、本来リスクを伴うものであって、証券会社が投資家に提供する情報、助言等も経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含む将来の見通しに依拠せざるを得ないのが実情なのであるから、投資家自身において、右情報等を参考にして、自らの責任で当該取引の危険性の有無、その程度、さらにはそれに耐えうる財産的基礎を有するか否かを判断して取引を行うべきものであって(自己責任の原則)、このことは、本件のようなワラント取引においても妥当するものといわなければならない。

しかしながら、証券会社と一般投資家との間では、証券取引についての知識、情報に質的な差があり、しかも、証券会社が一般投資家に対し投資商品を提供することによって利益を得るという立場にあることからすると、証券会社が投資家に投資商品を勧誘する場合には、投資家が当該取引に伴う危険性について的確な認識形成を行うのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、投資家の財産状態や投資経験に照して明らかに過大な危険を伴うと考えられる取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うことがあるというべきであるし、また、一般投資家に商品内容が複雑でかつ取引に伴う危険性が高い投資商品を勧誘する場合には、勧誘を受ける投資家が当該取引に精通している場合を除き、信義則上、投資家の意思決定に当たって認識することが不可欠な当該商品の概要及び当該取引に伴う危険性について説明する義務を負うことがあるというべきである(ただ、右説明の内容、程度等は、個々の投資家の投資経験、投資に関する知識や判断能力等に応じて異なるものと解される。)

そして、証券取引法五〇条一項一号及び五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号が、証券会社又はその役員若しくは使用人による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示等を禁止し、投資者本位の営業姿勢の徹底について(昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号通達)が、証券会社の投資勧誘に際しては、投資者の判断に資するため有価証券の性格、発行会社の内容等に関する客観的かつ正確な情報を投資者に提供すること、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること(適合性の原則)、特に証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することなどを要請し、公正慣習規則第九号三、四条が、各証券会社に対し、ワラントの取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客との間で取引を行うように要請し、同規則五条が、証券会社はワラント取引等にかかる契約を締結するときは、当該顧客に対し、あらかじめ所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認を得るものと規定していることも、同様の趣旨に基づいたものということができる(もっとも、これら法令、規則等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するに過ぎないのであるから、証券会社の顧客に対する投資勧誘が、これらの規定に違背したからといって、直ちに私法上も違法と評価されるものではないことはいうまでもない。)。

(二)  右(一)の見解を前提にして、以下原告の主張について順次検討する。

(1) ワラントを勧誘すること自体の違法性について

前記一2認定説示のとおり、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べると、より多額の利益を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性をあわせもつ点で、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品ではあるが、株式の信用取引や商品先物取引に比べると、少ない投資資金と少ないリスク(リスクは投資資金の限度に限定されている。)でそれと同等程度の投資効率を期待できるという利点もあるのであるから、原告主張のように、証券会社及びその使用人はそもそも一般投資家に対して外貨建てワラントの買付を勧誘してはならないとの注意義務を負うということは到底できない。

(2) 適合性原則違反について

前記一2認定説示のとおり、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べると、より多額の利益を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性をあわせもつ点で、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品ではあること、公正慣習規則第九号三、四条等が、各証券会社に対し、ワラントの取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客との間で取引を行うように要請していることなどからすると、証券会社の一般投資家に対するワラントの買付の勧誘が、当該投資家の財産状態、投資経験等に照して明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと評価される場合は、当該取引の危険性の程度(当該投資資金の当該投資家の資産に占める割合及び当該投資資金の性質等)その他当該取引がなされた具体的事情如何によっては、私法上当該勧誘が違法と評価されることがありうるというべきである。

本件については、確かに前記一で認定説示したとおり、春子は、従前、比較的安全なものと見られる投資信託や転換社債のほかは、優良銘柄の株式の現物取引を行うにとどまり、信用取引を試みようとしたこともなく、短期間に多額な利益を得ることを目的に頻繁に売買を重ねるということもなかったのであり、ワラントのようなハイリスク・ハイリターンな商品、特に、投資資金全額を失う危険性がある商品について投資を行った経験はなかったのであるが、①本件ワラントの投資額が約四〇〇万円であるのに対し、本件ワラント買付当時の被告会社における預り資産額は原告口座分で約二〇〇〇万円、春子の口座分で約八〇〇万円であり、それ以外にも原告らには郵便貯金等の資産があったこと、②原告ないし春子は、二〇年以上も前から被告会社で証券取引を継続しており、かかる投資経験の長さ、投資内容からすると、春子は、株式ないしその派生商品(ワラントも株式の派生商品である。)についての投資態度を決定するに必要な知識や経験を有していたと考えられ、このことは、春子が主として証券会社の担当従業員から得る情報を元にしてではあっても、自己の判断によって投資対象を決定してきていたとみれる(特に、株式相場が大きく揺れ動き相場の先行きが不透明な状態が続いた平成元年三月から翌二年一二月までの間は、日本の企業の株式やワラントについての勧誘を断り外国会社の株式に投資を行うなどしている。)点に徴しても明らかであることなどからすると、被告中尾がなした本件ワラントの買付の勧誘が、原告ないし春子の財産状態、投資経験等に照して明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものと評価することはできない。

(3) 説明義務違反について

前記一認定説示のとおり、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べると、より多額の利益を得られることもある反面、投資資金全額を失うこともある危険性をあわせもつ点で、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品であり、公正慣習規則第九号五条等が、証券会社はワラント取引等にかかる契約を締結するときは、当該顧客に対し、あらかじめ所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明することを要請しており、しかも、原告ないし春子は酒類小売業を営む一般投資家に過ぎずワラントについての商品知識を持ち合わせていなかったのであるから、被告会社が原告ないし春子に対してワラントの買付を勧誘するに際してはワラントの商品内容及び当該取引に伴う危険性について説明すべき義務があるというべきである。

これを本件についてみるに、前記一3認定のとおり、被告中尾は、三菱金属第三回ワラントの買付勧誘時に、春子に対し、転換社債と比較しながら、ワラントは値動きが激しく、株式の三倍程度の値動きを示すこと、新株を引き受ける権利という商品の性格上、新株を取得する際には新たな投資資金が必要であり、また、行使期間を経過すると価値がなくなること、外貨建ての場合は為替の影響があることなどを説明し、本件ワラントの買付の勧誘の際にも、ワラントの商品内容について同様の説明をし、本件ワラントの行使期間、行使価格等についても説明をし、かつ、本件ワラントの買付約定日の翌日ではあるが、春子に対しワラントの商品内容と当該取引に伴う危険性についてわかりやすく説明した説明書を交付していた。

被告中尾が春子に対してしたワラントの商品内容と当該取引に伴う危険性についての右説明は、前記(2)の①、②で説示の原告ないし春子の財産状態、投資経験等並びに原告ないし春子が三菱金属第三回ワラントの買付とその売却により、身をもって短期間に多額な利益を獲得し、ワラントのハイリターン性を経験したことなどからすると、十分なものであったというべきである。

(4) 証券取引法違反について

① 断定的判断の提供について

原告は、被告中尾は、春子に対し、本件ワラント買付の勧誘に際し「少しのお金で儲かりますよ。お客様に喜んで頂けますから。僕がちゃんとしますから。」と言って、儲かるとの断定的判断の提供をしたものであり、右勧誘は証券取引法第五〇条一項一号に違反する旨主張するが、前記(3)説示のとおり、被告中尾は春子に対し、本件ワラントの買付を勧誘するに当たり、原告ないし春子の投資経験、財産状態、当該投資の規模等からして十分なワラントの商品内容の説明と当該取引に伴う危険性の説明をし、かつ、本件ワラントの行使期間や行使価格、一般的な株式市場の動向や東急百貨店の株価の見通しなども説明しているのであるから、仮に被告中尾が原告主張の発言をしたとしても、これが断定的判断の提供にあたるとは到底いえない。

② 虚偽表示・誤導表示について

原告は、ワラントが極めてハイリスクな投資商品で、権利行使期間が過ぎると紙屑になることを知りながら、春子に本件ワラントの買付を勧誘するに際し、「償還の期限がある。喜んでもらえますから。」と客観的事実に反する事実を述べ、これが、証券取引法五〇条一項五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号に違反する旨主張し、証人春子の証言中には右主張に沿うかのような部分があるが、右証言部分は、被告中尾がワラントについて期限がある旨説明したことは覚えているが、同人自身が償還期限という言葉を使ったかどうかについては覚えがないという極めてあいまいなものであるから、右証言部分は採用できないし、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(5) 詐欺について

前記一3認定のとおり、原告が本件ワラントを買付た後、被告中尾が転勤前に一、二回、被告中尾の転勤後南郷が、一、二回、それぞれ、春子に対し本件ワラントの価格について情報の提供及び売却のアドバイスをしていることからすると、原告が主張するように、被告中尾は、春子に本件ワラントの買付を勧誘するに際し、ワラント購入後に適切かつ迅速な価格の報告等のアドバイスを行う態勢も意思もないのに、それを行うかのように告げたとは到底いえない。

そして、前記(3)説示のとおり、被告中尾は春子に対し、本件ワラントの買付を勧誘するに当たり、原告なしい春子の財産状態、投資経験等に照らして十分なワラントの商品内容及び当該取引に伴う危険性についての説明をしたものであって、原告主張のように、同被告が春子に対しワラントの危険性を隠しワラントの危険性につき誤信させたとは到底いえない。

よって、原告の詐欺の主張は採用できない。

三争点2について

前記一3認定のとおり、被告中尾は、本件ワラントの購入を勧誘した際、春子から本件ワラント価格の調査方法につき質問を受けたものであるが、同被告は、当時一部の銘柄については日本経済新聞等で店頭気配が毎日発表されていたのに、ワラントの価格についていまだ新聞等には掲載されていないものと誤解していたため、その際春子に対し、「価格は新聞には載っておりません。こちらの方からご案内します。もし、どうしても必要であれば電話を下さい。」と答えたこと、ワラントの場合は、価格の発表が日本経済新聞等の経済専門の新聞以外の新聞には掲載されず、一般投資家が自らその価格に関する情報を収集、調査しにくい性質があり、かつ、値動きが激しいことなどの点からすると、本件においては、被告会社は原告に対し、信義則上、本件ワラントの値動きや売却の時期等に関する情報を提供する義務を負うというべきである。

ところで、前記一3(四)認定のとおり、被告会社は、原告ないし春子に対し、平成三年六月中旬から八月末まで本件ワラントの価格の報告を一切なさず、この間本件ワラントの価格は、同年六月一八日頃は一〇ポイント台であったものが、同月下旬頃には一〇ポイントを割り、同年八月末には三ポイント台にまで値下がりをしていた。このように、本件ワラントの時価が大幅に減少する傾向があった時に、価格及び売却の時期に関する情報を提供していなかったことは債務不履行に当たるというべきである。

しかしながら、平成三年六月中旬から八月末までの時期でも、本件ワラントの行使期間である平成六年一二月一三日までに約三年以上あり、その当時本件ワラントの価格が上昇する見込みがないとはいえなかった(現に、その後本件ワラントの価格は若干上昇している)こと、及び、南郷が退院した後に、春子に対し、その当時の本件ワラントの売却価格が約八〇万円であることを知らせ本件ワラントの売却を促したところ、春子はこれを断ったことからすると、仮に、平成三年六月中旬から八月末までの時期に被告会社から原告ないし春子に対し本件ワラントの値動きや売却の時期に関する情報を提供したとしても、原告ないし春子がその勧めに応じて本件ワラントを売却したかどうかは極めて疑問であるから、被告会社の右債務不履行と原告の損害との間の因果関係はないといえる。

なお、前記一3(四)認定のとおり、南郷は、春子に対し、ワラントの価格は株価に連動して動くので株価の動きを見ながら本件ワラントの売却のタイミングを考えるようにと助言しているが、右助言は、前記一2認定説示のワラントの特質からすると、原告が主張するような誤った情報の提供であるとはいえない。

四結論

以上によれば、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官山垣清正 裁判官明石万起子)

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